今回のテ−マは漁船。酒田の港と湯の浜方面にポイント探しに酒田港の夕暮れ、出港を待つイカ釣り漁船。
スケッチをもとに大作に・・・・↓
今回のテ−マは漁船。酒田の港と湯の浜方面にポイント探しに酒田港の夕暮れ、出港を待つイカ釣り漁船。
スケッチをもとに大作に・・・・↓
● 1997.12……..みんなで選ぶ絵画展で大賞 !! 酒田市買上!!
第3回 みんなで選ぶ絵画展 大賞 酒田市買上 1998.11
〇 日本海の波がテ−マ。
どうすれば、どう描けば、波が、日本海の波になるのか?視線を空の上にしてみた。複雑な波の動きが、描ききれるか
第50回記念 示現会展 初入選(3-1) 1997.4
第50回記念 示現会山形展 山形支部賞 1997.8
● 1996.10…………..
● 1996.9………..
柱の傾きが気になり直しました。↓↓
山形県酒田市 日枝神社「隋神門」
神社の尊厳と境内の警護を願い 太王命(ふとだまのみこと)戸屋根命(こやねのみこと)の神像を安置するもの。
この門をくぐり参道が曲折しておるのは、俗界と聖境を区分して参拝者の精神統一を計ったものである。天明七年 本間光丘 建立のものが、明治二十七年十月二十二日の酒田大地震にて全潰、現在の門は八年の歳月をかけて材質を吟味し、工匠の術を集めて明治三十五年 本間光輝が再建したものである。桜門二層造総欅材で威厳と優美の調和が特徴と云われる。門の中央で拍手を打つと、こだまが返るが天井の微妙なわん曲による反響であり「鳴き天井」は名工の秘術とされ、反響の大小により神意をうかがったとも云う。「至誠通神」の掲額は、東郷平八郎元帥の親筆であり御参拝の本義を示している。
● 1996.7……………………
【歴史的建造物】「木造六角灯台」
日和山公園でひと際目を引く白亜の木造六角灯台は、明治28年に宮野浦に建てられたもの。日本で最古級といわれている洋式木造灯台で昭和33年まで活躍していた。
● 1996.6………..
● 1996.3…………
第1回 みんなで選ぶ絵画展(酒田市) 優秀賞 1996.10
はんこーたな(半手綱) たんな(手綱)の半分の意
山形県・秋田県付近で絣(かすり)、絣木綿を頭から顎にかけて巻きつけ目だけをだす被(かぶ)り物。日よけ、虫よけになるほか、稲刈りのとき、穂で顔をいためるのを防ぐ。
日本海沿岸の山形県酒田市から秋田県由利地方には、「たんな」と称するめずらしい、かぶりものがある。これは幅8センチ、長さ150センチの紺または黒木綿でつくった細長い帯状の布をもちいて顔面をおおう。酒田では「はんこたんな」とよび、由利地方では「ふくめんたんな」「はなふくべ」「はながお」などとよぶ。象潟周辺から酒田にかけては、てぬぐいを丸く坊主かぶりにして、たんなを巻きつけている。紺色の布で目だけだしてかぶっている姿は、はじめてみると異様に感じるが、冬期の防寒、防風、夏の汗どめとなり、また虫よけであり、草取りには目の保護など、おおくの利点があり、なお、この地域では婦人たちがもちいてる。
*ふるくからの言伝えに、昔 好色の殿様から身を守るために面をかくしたというが、その説は、あまりあてにならない。
● 1995.10〜11……鵜渡川の豊受神社
神明宮は元和8年に川北3奉行の寺内近江、斎藤筑後、高橋伊賀が伊勢より酒田の片町に勧請したもので、享保13(1728)年には新井田御蔵の防火のため、片町から鵜渡川原の立町に移転させられ、明治に入ってから豊受神社と改称している。
1995年。阪神淡路大震災が発生!まるでこの世の事かと疑う、テレビからの画像。
世間を震撼させ、考えられない事件があった。地下鉄サリン事件!
何か普段描く具象では、この気持ちが表わせない気持ち。
第51回 山形県総合美術展(県美展) 入選(2-2) 1996.8
● 1995.8…….山形県、遊佐の海岸へ |
〇 山形県、遊佐町、吹浦の海岸の岩に打ち当たる日本海の波!
ここは羅漢の石造が岩に刻まれている珍しい観光場所。十六羅漢。
彫られた石造を探すのが、また、楽しい!
平成9年度 白甕社美術展 入選(2-2)1997.9
● 1995.6…..山形県 由良の海岸へ |
国道7号線を新潟方面へ、雄大な岩、岩。打ち砕ける日本海の波が最高です。!
第50回記念 山形県総合美術展覧会(県美展)初出品入選 酒田市買上 1995.9
● 1995.5…… 酒田市の平田地区、大野新田より鳥海山を望む。..
● 1995.4〜 鶴岡市の北端。赤川より月山を望む。
● 1995.2……酒田市の北平田、漆曽根より鳥海山を望む。
● 1995.1…山形県、北端、遊佐町の海岸より〜近くに十六羅漢 |
冬の日本海.。荒れ狂い、凝視していると、吸い込まれてしまいそうな波、波、波。十六羅漢からの日本海を大作に挑戦!!
山形県と秋田県の両県に跨って日本海に裾野を洗う鳥海山(標高2,236m)がその昔、火山活動活発だった頃、火口から流れ出て日本海まで流れ出た溶岩は、複輝石安山岩で、この溶岩に刻まれたものが十六羅漢です。
遊佐町のJR東日本羽越本線の吹浦駅から西北に約1Kmの海岸にこの名勝「十六羅漢」が日本海に突き出たかたちであります。
吹浦は、もともと漁村だったところで、多くの漁師が日本海の荒波に命を失ってきたのに胸を痛めた、海禅寺の第21代住職寛海和尚が、海難事故による諸霊の供養と海上の安全を祈り、衆生を救わんと、羅漢の造仏を念願して、発願したのが元治元年(1864)だったそうです。
寛海和尚は、自ら近村はもちろんのこと、酒田まで托鉢して勧化につとめ、また一方で、升川の石工たちを指揮督励して刻苦し、明治元年(1868)ようやく22体の磨崖仏を完工しました。
16の羅漢に釈迦牟尼、文珠、普賢の両菩薩、観音、舎利仏、目蓮の三像をあわせて22体といわれています
第61回 東光展 初出品入選 1995.4
● 1995.1……. |
〇 配達の途中、すごい風景・現象に遭遇!
何と、海から湯気が上がって、視界が利かない。見た事の無い幻想的な世界!!
● 1994.11…….自画像….
● 1994.12…..酒田港、早朝。
平成8年度 白甕社美術展 初出品入選 1996.9
● 1994.10………
● 1978.10〜11………..
〇 映画ポスターより
平成9年度 白甕社美術展 入選(2-2) 1997.9
● 1978.7……中央会館でのデッサン会にて〜……..
● 1978(S53).7…………
子供のころの牧曽根には、農馬がいた。馬が引くそりにのせてもらった記憶が、今でも思い出される。
● 1977.11…………..
● 1975.1…….. 親戚の結婚式の引き出物の花カゴを描いてみました。……..
● 1974.8………. 妻の律子を初めて描く。……..
● 1972.1……. ㈱第一銀行・新大久保独身寮の部屋にて〜…….
● 1971.7…….第一銀行・絵画倶楽部のスケッチ会にて……..
油壷は波のおだやかな日が多く、木々の緑が映えるロケーションが魅力。
諸磯湾、油壷湾、小網代湾と三つの個性的な景観が楽しめるので、幅広い年齢層が四季を通じて訪れます。〜
● 1970.1〜9………………